速度用語とBPMの対応 — 資料によって数値が違う理由
公開 2026-08-20
速度用語をBPM(1分あたりの拍数)に換算した表は多くありますが、資料によって数値が大きく異なります。表の数値は決まった正解ではなく、資料ごとの目安として扱う必要があります。
資料による数値の違い
たとえば英語版ウィキペディアの「Tempo」の項目は、Adagio を 44〜66、Andante を 56〜108、Allegro を 120〜156、Presto を 168〜200 としています。一方、Dolmetsch Online の速度記号の表は、Adagio を 58〜97、Andante を 56〜88、Allegro を 84〜144、Presto を 100〜152 とし、Adagio については別の資料では 66〜76 や 48〜66 とされていることも併記しています。同じ用語でも、資料によってこれだけの差があります。
速度用語はもともと性格を示す語でもあった
allegro はイタリア語で「陽気な、快活な」という意味の語です。1703年に出版されたブロサールの『音楽辞典』は、allegro を「十分に活気があり、しばしば速く軽やかに進むが、陽気で生き生きとしていながら中庸の速さの場合もある」という趣旨で説明しています。
メトロノーム記号がある場合
楽譜に ♩=120 のような数値が書かれていても、作曲者自身が書いたものとは限りません。たとえば1848年にロンドンで出版されたチェルニー校訂のバッハ《平均律クラヴィーア曲集》は、チェルニーが表情記号とメルツェルのメトロノームによる速度の指示を加えた版であることを、表題に記しています。版によって数値が違う場合は、どれが原典に由来するかを確かめてください。
作曲者自身の数値をめぐる議論
作曲者自身のメトロノーム記号でも、そのまま受け入れられていない例があります。ベートーヴェンのメトロノーム記号は、速すぎて演奏できない、音楽的でないと考えられることがあり、長く議論されてきました。2020年に発表された研究は、交響曲の36の録音を分析し、指揮者のテンポがベートーヴェンの数値より一貫して遅いことを示しています。
修飾語の意味
Allegro ma non troppo(速く、しかし過度にならず)、Allegro moderato(ほどよく速く)、Allegro assai(かなり速く)、Allegro vivace(速く、生き生きと)のように、基本の語に修飾語が付くことがあります。ma non troppo と moderato は程度を抑える語、assai と molto は程度を強める語です。
参考資料
- Wikipedia(英語版)「Tempo」
- Dolmetsch Online「Table of Tempo Markings」
- Kazu Suwa「Allegro and the Origin of Modern Tempo Marking」(ブロサール『音楽辞典』1703年の定義を引用)
- Bach Bibliography(Baldwin Wallace University):チェルニー校訂《平均律クラヴィーア曲集》1848年版の書誌
- Martin-Castro, A. & Ucar, I.「Conductors’ tempo choices shed light over Beethoven’s metronome」PLoS One(2020)