性格的小品 — ノクターン・即興曲・バラード・スケルツォ
nocturne(夜想曲)は夜の情緒を思わせる抒情的な器楽小品で、アイルランドの作曲家ジョン・フィールドが確立し、ショパンが数多く書きました。impromptu(即興曲)は即興的な雰囲気を持ちながら形式の整った19世紀の小品です。
小品の名前
bagatelle(バガテル)は「取るに足らないもの」が原義の小品、arabesque(アラベスク)は装飾的な旋律線を持つ楽曲、Humoreske(ユモレスケ)は気まぐれで表情の変化に富む小品です。ballade(バラード)は物語的な内容を持つ曲、rhapsody(ラプソディ)は自由な形式の曲を指します。
冗談を表す曲名
scherzo(スケルツォ)は「冗談」を意味し、メヌエットに代わって交響曲やソナタの第3楽章に置かれるようになった速い3拍子の楽章です。burla と badinage も「冗談、からかい」を意味します。
夜の情緒を表現した抒情的な楽曲
静かな夜の雰囲気、揺らめく灯火。繊細な装飾に彩られた、夢心地のメロディが魅力です。
Nocturne(夜想曲)は、夜の静けさや情緒を思わせる、抒情的で穏やかな性格の器楽小品。フランス語で「夜の」を意味する。
成立の経緯
夜想曲というジャンルは、19世紀初頭のアイルランドの作曲家ジョン・フィールドによって確立され、後にショパンがこの形式を数多く手がけたことで広く知られるようになった。多くは、装飾的な旋律線が伴奏の上に浮かぶような書法を特徴とする。
伴奏の書法
左手に広い音域にわたる分散和音や規則的な伴奏形を置き、その上に右手が自由な装飾を伴う旋律を歌わせる書法が典型的で、これによりオーケストラのような広がりのある響きをピアノ一台で作り出そうとする試みでもあった。
♪Impromptuアンプロンプチュ(即興曲)
フランス語
即興的な気まぐれさを持ちつつ、形式を整えた小品
その場の思いつきのような自由な発想と、抒情的な美しさが特長。シューベルトの傑作が有名です。
Impromptu(即興曲)は、即興で弾いているかのような自由な雰囲気を持ちながら、実際には形式の整った、19世紀に発展した性格的小品。
「即興らしさ」は書き込まれたもの
即興曲という名前にもかかわらず、実際の演奏はその場の即興ではなく、あらかじめ作曲・記譜された曲である。気まぐれで自由な雰囲気そのものを、明確な形式(多くは三部形式)の中に書き込んで定着させた点に、このジャンルの特徴がある。
シューベルトとショパン
このジャンルを代表するのはシューベルトの2つの即興曲集(D.899、D.935)で、それぞれ4曲からなる。ショパンも4曲の即興曲を書いており、その中の1曲、作曲者の死後に出版された「幻想即興曲」は特に有名で、右手と左手が異なる連符で進む複雑なリズムでも知られている。
演奏のヒント
ピアノ
「即興らしさ」を出そうとテンポを不安定に揺らしすぎると、書かれた三部形式の骨格が崩れて聞こえます。拍そのものは保ちながら、フレーズの入り方や強弱で自由な雰囲気を作るほうが、形式と性格が両立します。
この指示が使われる曲
シューベルト 即興曲集 D.899・D.935
この分野の代表作として広く演奏される、各4曲からなる2つの曲集。
ショパン「幻想即興曲」
死後に出版された遺作で、右手16分音符・左手3連符という4対3のポリリズムで知られる。
物語的な自由曲
英雄譚や悲劇を物語るような、スケールの大きく劇的な展開を持つ器楽曲。
Ballade は物語的な内容を持つ、規模の大きな器楽曲、または声楽曲を指す語です。
定形詩から器楽曲へ
元は中世フランスの定形詩・歌曲の形式(バラード形式)を指す語でしたが、19世紀にショパンが4曲のピアノのためのバラードを作曲したことで、物語的で劇的な展開を持つ自由な形式の器楽曲を指す語として広く定着しました。
つまらないもの、小品
「取るに足らないもの」が原義の、規模の小さい器楽小品。ベートーヴェンの《エリーゼのために》もバガテルです。
Bagatelle はフランス語で「取るに足らないもの、些細なこと」を意味し、規模の小さい、気軽な性格の器楽小品を指します。
ベートーヴェンのバガテル
ベートーヴェンは作品33・119・126 の3つのバガテル集を残しています。《エリーゼのために》(WoO 59)も、単独で残されたバガテルです。
アラビア風の装飾的な曲
唐草模様のような、流麗で複雑な装飾的旋律。シューマンやドビュッシーの作品が有名です。
Arabesque は元々イスラーム美術に見られる、幾何学的で流れるような装飾文様を指す語で、音楽では複雑に絡み合う装飾的な旋律線を持つ楽曲を指します。
シューマンとドビュッシー
ロベルト・シューマンの《アラベスク》ハ長調 作品18(1839年)や、クロード・ドビュッシーの《2つのアラベスク》など、ピアノ作品の曲名に用いられています。共通するのは、装飾模様を思わせる、流れるように連続する旋律線という特徴です。
ユーモアのある小品
気まぐれで、表情がくるくると変わる楽しげな楽曲。ドヴォルザークの作品が特に有名です。
ユモレスケは、気まぐれで表情の変化に富んだ性格の小品を指します。19世紀に用いられた曲種名です。
「気分」を語源とする
ラテン語の humor は本来「体液」を意味し、体液の配分が気質を決めるという古い医学説に基づいて「気分、気質」の意味を持つようになりました。英語の humour が「体液」と「ユーモア」の両方の意味を持つのはこのためです。ユモレスケは、この「気分」の変わりやすさを性格とする曲種です。
主な作例
ドヴォルザークの《ユモレスク》作品101 は8曲からなり、そのうち第7番 変ト長調が単独で広く演奏されます。シューマンにも《フモレスケ》作品20 があり、こちらは20分を超える単一楽章の作品で、性格が大きく異なります。同じ曲種名でも規模と内容に幅があります。
演奏上の要点
表情が変わることが性格であるため、各部分の性格を明確に区別することが求められます。滑らかにつないでしまうと、気まぐれさが失われます。一方で、単に断片を並べるだけでは全体がまとまりません。切り替えを明確にしながら、全体の流れを保つ扱いになります。
演奏のヒント
ピアノ
気分の変わりやすさが性格の曲種なので、部分ごとの性格の違いを大げさに演出するより、切り替わりの瞬間をはっきりさせることに集中すると、断片的にならずに気まぐれさが伝わります。
この指示が使われる曲
ドヴォルザーク《ユモレスク》作品101 第7番 変ト長調
全8曲から成る作品集のうち、この第7番だけが単独で広く演奏される代表作です。同じ曲種名を持つシューマン《フモレスケ》作品20は20分を超える単一楽章の作品で、規模と内容が大きく異なります。
♪Rhapsodyラプソディ(狂詩曲)
英語/ギリシャ語
自由な形式による情熱的な曲
民族的な主題や、即興的な展開。ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」のように、熱気に溢れた自由な音楽です。
ラプソディは、自由な形式を持つ楽曲を指します。定型に従わず、性格の異なる部分が続くことが特徴です。
語源は「歌をつなぐ人」
ギリシャ語の rhapsōidos は、rhaptein(縫い合わせる)と ōidē(歌)から成り、叙事詩を朗唱する者を指しました。つまり原義は「歌を縫い合わせる人」です。異なる部分をつなぎ合わせるという語源が、この曲種の自由な構成と対応しています。
民族的な素材との結びつき
リストの《ハンガリー狂詩曲》のように、民族的な旋律や様式を素材とする作品が多くあります。緩やかな部分と急速な部分が対比される構成が用いられ、これはハンガリーの都市音楽に見られる緩急の対と関係づけられます。ブラームスやドヴォルザークにも同種の作品があります。
ガーシュウィンの作品
ガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》は1924年に初演されました。ガーシュウィンはピアノと管弦楽の総譜を自身で書いたのではなく、管弦楽の編曲はファーディ・グローフェが担当しています。この作品には複数の編成の版が存在します。
演奏上の要点
定型がないため、全体の構成を演奏者が把握して配分を決めることになります。部分ごとの性格差を出すことと、全体を1つの作品としてまとめることの両方が必要です。自由な形式であることは、判断が演奏者に委ねられていることを意味します。
演奏のヒント
ピアノ
《ラプソディ・イン・ブルー》冒頭のクラリネットのグリッサンドに続くピアノは、ジャズ的な崩しと譜面通りの部分が交錯します。緩急の性格差をはっきり弾き分けることが、この曲種全体の構成感を支えます。
この指示が使われる曲
ガーシュウィン《ラプソディ・イン・ブルー》(1924年初演)
ポール・ホワイトマン楽団の演奏会のために書かれ、管弦楽編曲はファーディ・グローフェが担当しました。ジャズの語法とクラシックの様式を自由に縫い合わせた、この曲種を代表する作品です。
冗談、急速なテンポの楽曲
メヌエットに代わって交響曲に登場。野性的、あるいは皮肉めいた疾走感が特徴です。
Scherzo はイタリア語で「冗談、たわむれ」。メヌエットに代わって交響曲やソナタの第3楽章に置かれるようになった、速い3拍子の楽章です。
メヌエットから scherzo へ
古典派の交響曲では、第3楽章に宮廷舞曲のメヌエットが置かれるのが標準でした。ベートーヴェンはこれを大幅に速め、性格も一変させます。優雅な舞曲だった楽章が、鋭く、時に暴力的ですらある楽章になりました。「冗談」という語感は残っていますが、ショパンのスケルツォのように深刻な内容を持つ作品も生まれています。
1小節を1拍として感じる
スケルツォは3拍子ですが、テンポが速いため1拍ずつ数えると音楽が細切れになります。1小節を1つの拍として感じ、多くの場合3小節または4小節をひとまとまりとして捉えると、大きな流れが見えてきます。ベートーヴェンが「3小節が1つの単位」と指定した例もあり、この感じ方は作曲の設計に組み込まれています。
トリオとの対比
スケルツォは、中間にトリオと呼ばれる対照的な部分を持ち、そのあとスケルツォに戻る三部形式が基本です。トリオは編成が薄く、性格も穏やかであることが多いため、この対比を明確にすることが演奏の要点になります。戻ってきたスケルツォを1回目と同じに弾くか変えるかも、解釈の分かれ目です。
演奏のヒント
ピアノ
速い3拍子では左手が重くなりがちです。1拍目以外を軽く扱うと推進力が出ます。
弦楽器
弓を短く、跳ねるように。長い弓を使うと、テンポがあっても重く聞こえます。
管楽器
1小節単位でブレスを設計します。1拍ごとに息を使うと3拍目で足りなくなります。
この指示が使われる曲
ベートーヴェン 交響曲第9番 第2楽章
メヌエットから完全に離れた、激烈なスケルツォの代表例です。
ショパン スケルツォ第2番
「冗談」の語からは遠い、劇的で規模の大きな独立作品です。
いたずら、冗談
Scherzoに近い、冗談めいた短い曲。予想外の展開が魅力です。
Burla はイタリア語で「いたずら、冗談」を意味し、ユーモラスで奇抜な性格を持つ短い器楽曲を指します。
scherzo との近さ
「冗談」を意味する点で scherzo(スケルツォ)と語感が近く、突飛な和声や予想外のリズムの変化によってユーモアを表現する点も共通しています。リヒャルト・シュトラウスがピアノと管弦楽のために書いた「ブルレスケ ニ短調」は、同じ語根を持つ近い性格の作品として知られています。
冗談、おふざけ
フランス語で「冗談、からかい」。同じ語根の Badinerie はバッハの管弦楽組曲第2番の終曲の名で知られます。
Badinage はフランス語で「冗談、からかい」を意味し、軽妙で遊び心のある性格を持つ短い楽曲や楽章を指す語です。
badinerie
同じ語根を持つ badinerie(バディヌリ)は、バッハの管弦楽組曲第2番 BWV 1067 の終曲の曲名として知られています。