情熱と熱意 — Con passione・Appassionato・Con calore
appassionato(アパッショナート)は passione(情熱)から来た語で「熱情的に」。appassionatamente は副詞形、con passione は名詞を使った形、allegro appassionato は速度標語との組み合わせです。ドイツ語の leidenschaftlich が同じ意味で使われます。
語の成り立ち
passione はラテン語 passio(苦しみを受けること)に遡ります。ドイツ語の Leidenschaft も Leiden(苦しみ)を含む語で、両者は同じ構造を持っています。
熱を表す語
ardente(燃えるように)と ardentemente は ardere(燃える)、con calore と caloroso は calore(熱)、con fervore は fervere(煮え立つ)に由来します。zelo・con zelo・zeloso(熱心に)は、ギリシャ語 zelos(熱意)から来た語です。
♪Con passioneコン・パッシオーネ
イタリア語
情熱を持って、熱情的に
「情熱をもって」。appassionato と同じ内容。
Con passione は「情熱をもって」。passione は英語の passion と同じ語源で、appassionato と同じ語根です。
passione の原義
ラテン語の passio に由来し、原義は「受けること、被ること」です。受難(キリストの受難を Passion と呼ぶ)という意味も同じ語から来ています。つまり passione は、能動的に振るう感情ではなく、抑えきれずに襲ってくる感情を指す語です。この語源を踏まえると、この指示が求めるのは制御された表現ではなく、感情に押されている状態だと読めます。
appassionato との関係
appassionato が形容詞、con passione が前置詞句で、指示内容はほぼ同じです。どちらも激しい感情を求めますが、テンポやリズムの枠を崩すことは含みません。枠の中で抑えきれずに溢れているように聞こえることが、この指示の実現になります。
♪Appassionatoアパッショナート
イタリア語
熱情的に、情熱を込めて
passione(情熱)から。「熱情的に」。
Appassionato は「熱情的に」。passione(情熱)から来た語で、感情を抑えずに解き放つことを求めます。ただし、乱れることとは違います。
熱さと制御は両立する
appassionato を「思い切り弾く」と受け取ると、テンポが走り、音が荒れ、結果として何を表現したいのか伝わらなくなります。熱情が伝わるのは、強い感情が枠の中で抑えきれずに溢れているように聞こえるときです。つまり枠、すなわちテンポとリズムの骨格が保たれていることが前提になります。骨格が崩れると、熱情ではなく単なる混乱として受け取られます。
振れ幅で作る
熱情の印象を作るのは、絶対的な音量ではなく変化の幅です。強い箇所を大きくするだけでなく、弱い箇所を十分に抑えることで、幅が広がります。最も熱く聞かせたい箇所の直前を意識的に引くと、そこへ到達したときの効果が跳ね上がります。
演奏のヒント
ピアノ
腕の重さを使い、指で叩かないこと。力任せに弾くと音が硬くなり、熱ではなく雑音になります。
弦楽器
ビブラートを速く広くしすぎると不安定に聞こえます。弓速で熱を作るほうが確実です。
管楽器
息の圧を上げすぎるとピッチが乱れます。量を増やしつつ支えを保つ配分が必要です。
この指示が使われる曲
ベートーヴェン ピアノソナタ第23番「熱情」
「熱情(Appassionata)」は作曲者ではなく、出版社が付けた通称です。
♪Appassionatamenteアッパッショナータメンテ
イタリア語
情熱的に、熱烈に
appassionato の副詞形。「情熱的に」。
Appassionatamente は「情熱的に、熱烈に」。appassionato の副詞形で、ラテン語 passio(苦しみを受けること)に遡る passione(情熱)を語根に持つ。
「受苦」が「情熱」になった経緯
ラテン語 passio は本来、動詞 pati(耐え忍ぶ、苦しみを受ける)から派生した「受苦」を意味する語で、英語の passion も patient(忍耐強い)も同じ語根を持つ。キリスト教で「キリストの受難(Passion)」を指したこの語が、中世以降「強い感情に突き動かされる状態」全般を指すよう意味を広げ、現在の「情熱」の意味が定着した。
♪Allegro appassionatoアレグロ・アパッショナート
イタリア語
速く、かつ情熱的に
「速く、情熱的に」。ブラームスのピアノ協奏曲第2番第2楽章の指定として知られる。
Allegro appassionato は「速く、かつ情熱的に」。速度標語と表情の指示を組み合わせたものです。
2つの指示の関係
allegro が速度、appassionato が表情を指定しています。速いテンポの中で情熱を保つという組み合わせで、どちらか一方を優先すると指示から外れます。情熱を表そうとしてテンポを揺らしすぎれば allegro が失われ、速度を守ることに集中すれば appassionato が失われます。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番
ブラームスのピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83 の第2楽章に、Allegro appassionato という指示が置かれています。
♪Leidenschaftlichライデンシャフトリヒ
ドイツ語
Leidenschaftlich はドイツ語で「情熱的に」。イタリア語の appassionato に相当しますが、語の成り立ちを見ると両者が同じ構造を持っていることが分かります。
「苦しむ」から作られた語
Leidenschaft(情熱)は、動詞 leiden(苦しむ、耐える)に名詞を作る接尾辞 -schaft が付いた語です。つまりドイツ語では「苦しむこと」から情熱という語が作られています。イタリア語の passione もラテン語 passio(受けること、受難)に由来し、同じく苦しみを語根に持ちます。二つの言語が独立に、情熱を「耐えるもの」として名づけたことになります。
語源から読める性質
どちらの語も、能動的に振るう感情ではなく、抑えきれずに襲ってくるものを指しています。したがってこの指示は、感情を作って見せることではありません。枠の中で抑えきれずに溢れているように聞こえることが目標であり、その枠、すなわちテンポとリズムの骨格が保たれていることが前提になります。
ドイツ語の表情語彙
ドイツ語圏の作曲家は、イタリア語の定型に加えて自国語で細かい指示を書くことがあります。leidenschaftlich、zart(優しく)、kraftvoll(力強く)、ruhig(静かに)、bewegt(動きをもって)などがその語彙です。マーラーの楽譜は、この種のドイツ語による指示が特に詳細に書き込まれた例として知られています。
演奏のヒント
共通
感情を大きく見せることより、音の立ち上がりを速くし、テンポの推進力を保つことのほうが「情熱的」に聞こえます。
燃えるように、情熱的な
ardere(燃える)の現在分詞。「燃えるように、熱烈に」。
Ardente は「燃えるように、熱烈に」。ardere(燃える)の現在分詞形です。
燃えている状態
現在分詞なので、この語は「燃えている」という進行中の状態を表します。英語の ardent も同じ語源です。con fuoco が「火をもって」と道具を示すのに対して、ardente は対象自身が燃えていることを述べます。
持続する熱
燃え続けている状態なので、一瞬の爆発とは違います。con impeto のような突発性ではなく、高い熱量を保ち続けることがこの指示の内容です。したがって、途中で緩めると語の方向から外れます。
♪Ardentementeアルデンテメンテ
イタリア語
燃えるように
ardente の副詞形。「燃えるように」。
Ardentemente は「燃えるように」。形容詞 ardente(燃えている)の副詞形で、ラテン語 ardere(燃える)の現在分詞に由来する。
燃焼のイメージが今も生きている
ardere はラテン語で文字通り炎が燃える様子を表す動詞。そこから転じた ardente / ardentemente は、比喩としての「情熱」ではなく、絶えず燃え続ける火のような熱量の持続を指すニュアンスが強い。英語の ardent, ardor も同じ語根。
温かく、熱情を込めて
「熱をもって、温かく」。caloroso と同じ内容。
Con calore は「熱をもって」。calore は物理的な熱を意味する語で、燃え上がる炎とは区別されます。
caloroso との違い
caloroso が形容詞で音楽の性質を示すのに対して、con calore は「熱を伴って」という行為を示します。実際の演奏上の差はほとんどなく、作曲者の表記の選択によるものです。どちらも、con fuoco のような炎の激しさではなく、内側から伝わる温かさの方向にあります。
熱さ、熱情、温かみ
「熱」。con calore(温かく)の形で使われる。
Calore は「熱さ、熱情、温かみ」。ラテン語 calor(熱)に由来し、con calore(温かく、熱情を込めて)の形でよく使われる。
「熱」を表す語族
ラテン語 calor は英語 calorie(カロリー、熱量の単位)や calorific(発熱の)と同じ語根を持つ。音楽用語としての calore は、con fuoco のような燃え上がる激しさとは異なり、内側からじんわりと伝わる温もりに近い熱を指す。
熱心に、温かく、情熱的に
calore(熱)から。「温かく、熱意をもって」。
Caloroso は「温かく、熱意をもって」。calore(熱)から派生した形容詞です。
熱さの種類
calore は物理的な熱を指す語です。したがって caloroso が求めるのは、燃え上がる激しさ(fuoco = 火)ではなく、じんわりと伝わる温かさに近いものです。同じ「熱」を語根に持ちながら、con fuoco や fuocoso が炎の激しさを指すのに対して、caloroso はより穏やかな方向にあります。
con calore との関係
caloroso が形容詞、con calore が「熱をもって」という前置詞句です。両者の指示内容はほぼ同じで、作曲者による表記の選択の違いです。
♪Con fervoreコン・フェルヴォーレ
イタリア語
Con fervore は「熱烈に」。fervore はラテン語 fervor(沸騰、燃えるような熱)、動詞 fervere(煮え立つ)に由来する。
「煮え立つ」が語の芯
fervere は文字通り液体が沸騰する様子を表す動詞で、そこから転じて感情が内側で沸き立つ状態を指すようになった。英語の fervent, fervor も同じ語根。con calore(温かさを持って)が穏やかな熱であるのに対し、con fervore はより沸き立つような切迫感を伴う。
熱心に、熱烈に
「熱意」。con zelo(熱心に)の形で使われる。
Zelo は「熱心に、熱烈に」。ギリシャ語 zelos に由来する名詞で、con zelo と同様、地道な熱心さを表す。
単独での使われ方
con zelo が「con+名詞」という明示的な構文であるのに対し、zelo 単独で楽譜に置かれる場合は、dolce や cantabile と同じように前置詞を省いた慣用的な指示として機能する。意味そのものに大きな違いはない。
熱心な、熱のこもった
一生懸命さが伝わる、誠実な力強さ。
Zeloso は「熱心な、熱のこもった」。ギリシャ語 zelos(熱意、競争心)がラテン語 zelus を経てイタリア語に入った語。
zelos の語族
英語 zeal, zealous、そして jealous(もとは zelos に由来し、「熱心さ」が「独占欲・嫉妬」の意味に転じた語)もすべて同じ語根を共有する。音楽での zeloso は、対象に向かって注がれる強い熱意・意気込みを表す。
Con zelo は「熱心に、精出して」。zelo はギリシャ語 zelos(熱心、競争心)がラテン語 zelus を経てイタリア語に入った語。
「熱意」の語源
ギリシャ語 zelos はもともと、優れたものに対する強い憧れや競争心を意味した。英語の zeal, zealous も同じ語根から。con zelo はひたむきに、集中力を保ちながら演奏することを求める指示で、entusiasmo のような高揚感よりも、地道な熱心さに重心がある。