嘆き・泣く — Lamentoso・Piangendo・Flebile
lamentoso(ラメントーソ)は lamento(嘆き)から派生した語で「嘆き悲しんで」。ドイツ語の klagend(嘆くように)が同じ意味で使われます。
泣く・うめく・溜め息
piangendo(泣きながら)、gemendo(うめくように)、sospirando(溜め息をつくように)は、いずれも動詞の「〜しながら」の形(ジェルンディオ)です。lagrimoso(涙を流して)は lacrima(涙)から派生した語です。
flebile
flebile と副詞形の flebilmente(か細く悲しげに)はラテン語 flere(泣く)に由来します。fiavole は、同じ語源を持つ fievole(か弱い)の表記です。
悲しげに、嘆き悲しんで
lamento(嘆き)から。「嘆き悲しんで」。
Lamentoso は「嘆き悲しんで」。lamento(嘆き)から派生した語で、悲しみを声に出して表す状態を指します。
lamento という形式
lamento は、17世紀のイタリアの声楽曲において、嘆きを歌う楽曲の型を指す語でもありました。下降する低音の反復(半音階的に下がる四度など)を土台に、その上で悲しみを歌う書法が用いられました。lamentoso という指示は、この伝統に連なる語です。
静かな悲しみとの違い
mesto や dolente が沈んだ悲しみを指すのに対して、lamentoso は嘆きを外へ出す方向にあります。したがって、抑えて内に籠らせるのではなく、訴えとして聞こえることがこの指示に沿った扱いになります。
嘆くように、悲しげに
ドイツ語 klagen(嘆く)の現在分詞。「嘆くように」。
Klagend はドイツ語で「嘆くように」。klagen(嘆く、訴える)の現在分詞で、イタリア語の lamentoso に相当します。
「訴える」という含み
ドイツ語の klagen には、嘆くという意味と、法的に訴えるという意味の両方があります(Klage は訴状も意味します)。したがってこの語には、悲しみを内に籠らせるのではなく、外へ向けて訴えるという方向が含まれます。
内へ籠る悲しみとの違い
mesto(沈んだ)や malinconico(憂鬱な)が内向きの悲しみを指すのに対して、klagend は外へ向かいます。したがって、抑えて小さくするのではなく、訴えとして聞こえることが求められます。音量を落としても、向かう方向が失われると語から外れます。
現在分詞であること
-end で終わる現在分詞は、その動作が進行中であることを示します。したがって klagend が置かれた区間では、嘆きが続いている状態になります。ドイツ語の指示は現在分詞形が多く、状態ではなく進行を示すものとして読めます。
演奏のヒント
弦楽器・声楽
訴えかける方向を保つには、音を小さくするだけでなく、フレーズの先に向かって進んでいく感覚を残します。単に音量を落とすと、訴えではなく単なる弱奏になります。
泣きながら、哀願するように
piangere(泣く)から。「泣きながら」。
Piangendo は「泣きながら」。piangere(泣く)の「〜しながら」の形(ジェルンディオ)で、泣いている最中であることを示します。
「〜しながら」の形であること
この形は、泣いているという進行中の動作を指します。lagrimoso が「涙に満ちた」という状態の形容詞であるのに対して、こちらは動作そのものです。したがって、その区間を通して泣き続けている状態が求められます。
嗚咽の形
泣くという動作には、途切れる呼吸と震えが伴います。音楽では、フレーズが続かずに短く切れる、同じ音型が繰り返される、音が震えるといった形で表されます。楽譜にそうした書法があれば、それがこの指示の実現手段になります。滑らかに歌い上げてしまうと、泣いているのではなく悲しみを美しく歌っている状態になります。
語源
ラテン語の plangere(打つ、嘆く)に由来します。原義は「打つ」で、古代には嘆きの表現として胸を打つ習慣があったことから、嘆くという意味が生じました。英語の plaint、complain も同じ語根です。
涙を流して、ひどく悲しんで
lacrima(涙)から。「涙ながらに」。lacrimoso とも綴る。
Lagrimoso は「涙を流して」。lacrima(涙)から派生した語で、痛切な悲哀を求めます。
語源
ラテン語の lacrima(涙)に由来します。英語の lachrymose(涙もろい)も同じ語根です。lagrimoso のほかに lacrimoso という綴りも用いられ、どちらも同じ語です。
他の悲しみの語との違い
mesto は静かに沈んだ悲しみ、malinconico は原因の特定されない憂鬱、dolente は痛みを伴う悲しみを指します。lagrimoso は涙という身体の反応を語源に持つため、感情が外に現れている状態です。内に籠らせるのではなく、こぼれ出ていることが性質になります。
演奏上の判断
涙という具体的な現象が語源にあるため、音楽の書法にもそれが反映されていることがあります。下降する2音の音型(溜め息の形)、途切れる旋律線、繰り返される短い音型などです。楽譜にそうした形があれば、それを生かすことがこの指示に応えることになります。
演奏のヒント
合唱・オーケストラ
涙がこぼれる動きを表すには、フレーズを完全に言い切らず、頂点のあとにわずかに力を抜いて下ることが有効です。
この指示が使われる曲
モーツァルト「レクイエム」より ラクリモサ
ラテン語の lacrimosa(涙にあふれた)が lagrimoso と同じ lacrima を語根に持ちます。モーツァルトが作曲したのは冒頭8小節までで、続きはジュスマイヤーが補筆しました。
Gemendo は「うめくように」。gemere(うめく、嘆く)のジェルンディオ(動名詞)です。
語源
ラテン語の gemere(うめく、嘆く)に由来します。声にならない、あるいは言葉にならない嘆きを指す語です。
声にならない嘆き
lamentoso が声に出した嘆き、piangendo が泣く動作を指すのに対して、gemendo は言葉にならない声を指します。したがって、旋律として歌い上げるより、途切れる音、抑えきれずに漏れる音として扱うほうが語に合います。
演奏上の判断
うめきには、抑えようとして抑えきれないという二重の動きがあります。したがって、音量を落としながらも張りを残し、フレーズが続かずに切れるという扱いになります。滑らかに繋いでしまうと、うめきではなく歌になります。
溜め息をつくように
sospirare(溜め息をつく)から。「溜め息をつくように」。
Sospirando は「溜め息をつくように」。sospirare(溜め息をつく)の「〜しながら」の形(ジェルンディオ)です。
溜め息の形
溜め息は、息を出すときに強く始まって弱く終わる形をとります。したがってこの指示は、フレーズの中で音が減衰していく形を求めていると読めます。上から下へ2音が下がる音型は、しばしば溜め息の形として扱われます。
記譜との関係
この指示のある箇所では、音楽が息を吐く方向にあります。したがって、フレーズの後半で押すのではなく、抜けていく処理になります。管楽器や声楽では実際に息の扱いがそのまま対応し、他の楽器では音量と音の長さで同じ形を作ります。
哀れな、弱々しい、悲しげに
ラテン語 flere(泣く)から。「か細く悲しげに」。
Flebile は「か細く、弱々しく悲しげに」。ラテン語の flere(泣く)に由来します。
泣き声としての音
語根が「泣く」であることから、この語は涙声、あるいは漏れ出る泣き声のような響きを指します。lamentoso が声に出した嘆きであるのに対して、flebile は声にならず途切れそうな状態です。したがって音量は弱く、しかも安定していないという方向になります。
弱さを保つこと
弱く演奏すると音が失われがちですが、この指示が求めているのは音が消えることではなく、か細いままで存在し続けることです。支えが抜けて鳴らなくなると、指示に応えていないことになります。
悲しげに、か細い声で
flebile の副詞形。「か細く悲しげに」。
Flebilmente は flebile の副詞形で「か細く悲しげに」。ラテン語の flere(泣く)を語根に持ちます。
flebile との関係
イタリア語では形容詞に -mente を付けて副詞を作ります。flebile → flebilmente はこの形で、指示内容は同じです。楽譜では形容詞形と副詞形の両方が使われ、意味の差はありません。
イタリア語で「か弱い、消え入りそうな」を意味する fievole の表記です。語源をたどると「泣く」に行き着きます。
flebile と同じ語源
イタリア語の fievole は、ラテン語の flebilis(涙を誘う、嘆かわしい)に由来します。これは動詞 flere(泣く)から派生した語です。したがって fievole は、辞典に別項目として収録されている flebile と同じラテン語源を持ちます。flebile は学問的な借用形、fievole は日常語として音が変化した形です。
求められる音
語源が「泣く」であることから、この語が指すのは単に音量が小さいことではありません。声にならず途切れそうな状態です。したがって音量は弱く、しかも安定していないという方向になります。
弱さを保つこと
弱く演奏すると音が失われがちですが、この指示が求めているのは音が消えることではなく、か細いままで存在し続けることです。支えが抜けて鳴らなくなると、指示に応えていないことになります。